2006年5月18日

●ステップファザー・ステップ


宮部 みゆきステップファザー・ステップ

 大好きな話です。あかるくふんわりした気持ちで読める作品が多く、7本収められています。
 主人公は「俺」。中年のカテゴリに入る「おじさん」。
 登場人物は、ほかに中学生の双子の兄弟。コトの始まりは、「俺」がちょっとドジってしまったことにある。
 「俺」は泥棒を家業としていて、盗みに入ろうとした家のおとなりへ足を滑らせて落っこちてしまったのだ。
 警察に捕まるだろうと観念していると、兄弟は「ぼくらの父親になって」と突拍子もない要求をしてきた。
 なんと、この家の両親はそれぞれ同じ日に別の相手と駆け落ちしてしまったのだという。
 彼らは「ふたりきりでも不自由はないけれど、保護者がいないっていうのは困る」のだという。もちろん、世間一般に向けての話だ。
 盗みに入った現場を押さえられている関係上、しぶしぶではあるが偽の父親役を引き受ける「俺」。
 短編をひとつずつ消化して行くたび、双子との距離は縮まっていきます。
 見分けのつかなかった双子の顔や筆跡を見分けることもできるようになったり…。
 
 ミステリとしては、主役級にこどもを据えているせいもあり、「人の死なないミステリ」です。
 鏡がいたるところに貼ってある部屋に住む女性の秘密や、双子が誘拐されてしまう事件など。
 テーマの深奥部には重いものを含んでいても、それをからっとした文章で描けるテクニックはさすがです。

 文庫版の解説に記載されていますが、第1話には、一人称小説でありながら一人称がまったく出てきません。解説には、筆者はそれによってより、読者が作品に近づくことを期待したというような文言がありますが、まさしくその通りです。
 普通の一人称小説が、主人公の後ろ頭を見つつ背後霊のようにしてストーリーを感じるのだとしたら、こちらは薄皮一枚かぶったような、仮面越しに世界を見ているような気分になります。
 意識しないで読んだほうが面白いと思うので、普通に読んだあと、読み返すときに「なるほどー」とぜひ感じてみてください。

2006年5月 7日

●猫丸先輩の推測


倉知 淳
猫丸先輩の推測

 創元推理社からデビューした作者さんで、このシリーズは同社でも文庫を出しているのですが、この本は講談社ノベルスです。
 推理小説なのですが、このシリーズでは滅多に人も死なないし(笑)、犯人を追い詰めたりもしません。 
 猫丸先輩は、あくまでも「先輩」で主人公ではないのです。探偵役だけど。
 語り手が不思議な事件に遭遇して猫丸先輩に相談する、あるいは傍観者として猫丸先輩(語り手から見れば見知らぬ他人)が現れる。そして勝手に適当な推理を披露してみせる。
 これが基本パターン。
 このシリーズ、傑作と思うのは別の長編(1本しかないのですが)なのですが、あまりにもこのイラストがはまっているので、この本から紹介してみました。
 童顔で年齢不詳、名前のとおり、ちょっと人懐こい猫みたいな行動で、いろんなシーンにするりするりと入ってくる。
 ちょっとずるいのが、基本的に猫丸先輩の話すのは「推論」であって、真相究明ではないこと。
 「~だと思うよ」と言われ、なるほど!と思うのですが真相は概ね藪の中。自首させたり逮捕したりするわけではないので、そういうきちんとした?解決がお望みならちょっぴり合わないかもしれません。
 それを逆手に取ったトリックを使ったりもしていますしね。
 
 とにかく作者の目のつけどころが面白くて、先が気になる書き方をする人です。
 読み方としては正しくないかもしれないけど、最初にまずナナメ読みして後からじっくり読み直すと言う形式をとってしまいます。この作者の本だけは…。
 とにかく結末が知りたくなるんですよー。そして、読み終わった後の伏線の使い方に唸るのが定番。
 短編集中心なので、どの本から呼んでも面白いです。
 この本でのオススメは「失踪当時の肉球は」失踪した猫を探すのを引き受けた探偵さんが語り手のお話。
 猫探しを引き受けたはいいが、迷い猫探しの定番、ビラ配りにポスター貼りはなぜか次々に妨害されて…という内容。死体は出てきません(笑)。
 語り手さんのハードボイルドかぶれっぽい行動など随所に笑いのエッセンスも散りばめられています(笑)。